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2013年1月

2013年1月24日 (木)

初・ゆでたまご!

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祝!
ナオ、ゆでたまご、人生初!
長く険しい道程であった。。。36536_324479830992138_212910741_n

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食べられない と 食べない は 決定的に違うもんね。 




2013年1月23日 (水)

ハルの授業参観 -体育

昨日はハルの授業参観、「体育」(身体表現)。
  1)準備運動(1人→2人→3,4人)
  2)進化ジャンケン(保護者も。勝ったら進化(三輪車→自転車→スケボー→ジェット機→ロケット)。負けたら退化。
  3)グループでの体を使った「寸劇」(みたいなもん)発表会

「保護者参加部分」はおそらく私が一番はりきって参加(あまり周囲をみてないけど、たいていオトナは観客であった。私は名前を知っている子にもそうでない子にも、誰かの妹までも巻き込んで、勝負を挑み続け、気づくとジャンケンで負けた時にはうぉーと叫んで体育館に倒れこみ、勝ったら大人げなくガッツポーズをしていた。。笑)。

ハルたち、3人グループの「表現」はなかなか秀逸であった。
  手押し車(2名。ハルは足を持つ人)にふんわりとまたがったヘリコプターの羽(1名が両手をTの字に広げてプロペラっぽく)が離陸をするが、故障によりプロペラだけが飛んで行...ってしまう。飛んでいってしまったプロペラをボディ役の2人が「羽」を持ち上げて元の場所に運び、ハルが「修理(=人工呼吸っぽい胸を押す動きなのに、効果音は「うぃーんがちゃ、うぃーんがちゃ」)。修理を終えて再び離陸し、無事目的地に到着、というストーリー。
ちゃんと「先生が使ってほしい(だろう)身体表現」が2種類入っているし、シュールだし、とてもおもしろかった。

帰り際、自転車整理をしていた教務主任に「体育の授業参観って初めてだったけど、すごく良かったです!」と話しかけ、諸々の質問をすると、「○先生(ハルの担任)は、ホントによく考えて、よくやってくれるんですよー」とニコニコ(こうやって教務主任とも抵抗なく話しかけられるのは、昨年度、PTA関係で学校に出入りして、色々と頑張ったおかげw)。

・・・今年も担任が素敵な先生で良かった。なによりハルが「○先生はすごいんだ!放課もずっとボクたちと一緒にいてくれて、いつも色んなこと話して、たくさん遊んでくれるんだ」と嬉々として先生のことを語るのが良い。とにかく「先生大好き♪」ってのは素晴らしい。

人の「良さ」を見つける天才・ハル(←羨ましいほどに見事に他人を褒める)なので、出会った先生の全てを「好きー」って言ってくれそうだけど、、、ホントにありがたいこと。嬉しい、文句なしに嬉しい。

2013年1月22日 (火)

人は生涯、「発達の可能態」である。

父は言う。「最近、買い物に行っても目に入るものが変わってきたんだよな。お、こんなにコーンスープって種類があるんだな、カニカマも色々あるなってね。次はこれにしようか、それともこっちのほうがいいかってさ。変な感じだよ」。

「おとーさん、それは世界が豊かになったってことだね」
「え?豊かになったのか?」

「そうだよ、今まで見えてなかったのものが見えるようになったんだよ。目に入る景色が変わって、彩りを増したんだよ。それはステキなことだよ」
「そうかなぁ。そうなんかなぁ。。。」

「あのねぇ、やっと自分以外の人のことに思いを馳せることができるようになって、少しだけかもしれんけど『他の人の喜び』を『自分の喜び』にできるようになったわけでしょ。自分のためにカネを使って満たされる気持ちなんて、空虚なもんだよ。人のことを考えて、想像してワクワクして、喜んでほしいなーって願いながらカネを使う方がずっといい...もんだよ」
「やっと ってなんだよ(爆笑)。うっせーな。でも、そうかもしんないな。。。」

「自分の人生を自分中心に自分のためだけに生きてた人が、誰かのことを考えて、自分の心の中に誰か他の人を迎え入れられるようになってさ、ホントに良かったね。ここまでくるのに、やたらと時間かかったけど、これからもっともっと素敵な人生になるね」
「おまえはいちいち一言も二言も多いな。。。(大笑)そうですよ、はい、そうですって。もう、、、寝ろ!オレは仕事をするっ!」

・・・という会話をしたのが、午前3時。

還暦を過ぎても、ひとは変わるんだ。

媚態とは何か -ナオの天性

父が今、「贈り物モード」に入っているので(スイッチが入ると極端に振れる人、、)、毎日のように宅配便がウチに何か(食材から玩具まで)を届けてくれる。この一週間は、ナオに「じいじ、好き」って言ってもらうことだけのために(と本人は言う)、ディズニーのお姫様系のDVD各種と(私とハルはライオンキングが好き、と言ったら、それも「ついで」にやってきた)、ホワイトボードと黒板が表裏をなすキャンバス(×2)が送られてきた。

九鬼周造は『「いき」の構造』(1926年に草稿、単行本初版は1930年)で「『いき』の第一の徴表」であるという「異性に対する『媚態』」についてこう説く。
  「完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する。媚態は異性の征服を仮想的目的として目的の実現とともに消滅の運命をもったものである」(岩波文庫、1979年、p22)。

・・・ナオは「じいじ 好き なんて言わなーい。キライだもーん」と斜め上を向いて微笑む(ので、父は「好きって言わせてやるー」と貢ぎつづける。。)。「媚態」の何たるかを心得ている末恐ろしいおなごだ。

2013年1月21日 (月)

ハルの気持ち、ナオの気持ち、ママの気持ち

先週の金曜、ハルが「ナオちゃんはいつもボクの『横取り』をする!ママは僕の気持ちを全然わかってない!ボクはいつも我慢してる!!ナオちゃんにもっと何とか言ってよ!」と泣いた(きっかけは、ナオにハルが使ってたiPadを奪われ、ハルが頭を乗せていたママの膝を奪われ、私に「もう寝る時間だから歯磨きしなさい」と言われたこと。ハルはナオに泣かれると弱いので、全てにおいて「(涙を堪えて/流しながら)譲る」)。

布団の中で、「もういいよ!どうせ誰もわかってくれないんだ!ボクが、ボクだけが我慢すればいいんでしょ!」と内に籠ろうとするハルに、

「確かにママはハル君の気持ちはわからない。だいたい想像はしているし、我慢していることもわかっているつもりだけど、ホントのところはよくわかってないし、同じように感じることもできない。ママは一人っ子で、兄妹もいないから、ハルみたいな経験をしたこともない。でもね、だから『こ...とば』があるんだよ。今だって、こうやってハルが『話してくれたこと』で、ちょっとだけ『話してくれる前』よりはハル君の気持ちがわかってきたところなんだよ。だから、『どうせわかってくれない』といって話すことをやめてしまったら、『わかりあう可能性』も閉じちゃうんだよ」と言った。

「ママはハル君の気持ちや考えがわからないけど、わかりたいんだよ。ハル君だって『ホントはわかってほしい』っていう想いがあるから、『わかってくれない』ことに腹が立って、泣けちゃうんでしょ。『どうせ誰もわからない』と本気で思っているんだったら、その言葉すら外に出す必要はないから、黙って我慢して、仕方ないって諦めればいい。そして忘れなさい。それが出来ないんなら、ちゃんと言葉にして、自分の気持ちを話して『今より分かり合える関係』をつくっていこうよ。そうしないと、形は変わるかもしれないけれど、同じような『我慢』を繰り返すだけだよ」。

・・・二人で色々と話をした後、「なおちゃんに、約束を守らせてほしい」と言い、ここで「ハルから『横取り』をしないことを約束させたい」というハルに、

「その気持ちはよくわかるし、ママもなおちゃんにそうして欲しいと思っているけど、ここで『やくそくします』とナオに言わせても、あまり意味がない(そんなことなら簡単に百回でも言うナオ。『約束します、もうしません」と涙を流しながら『その約束に全く縛られない』ナオなのだから)。

そうやって『言わせる』ことは簡単だけど、その言葉を『守らせる』ことは、とても難しくて、特にナオは3歳半で理解力も思考力もキミよりもずっと幼いんだから、その言葉を守れるような、みんなの助けが必要なんだよ。『横取りしない』という『大きな約束』じゃなくて、こういうときにはこうする、こういうときにはこうしない、という『具体的な約束』にしてはじめて、たぶん、ナオは守れるんだと思うよ。

ただ自分のイライラした気分を収めるだけのために、半ば『腹いせ』のように『ナオに誓わせる』ようなことをしたいと思っているんだとしたら、それはナオが可哀想だし、ハル君自身にとってもいいことだとは思えない」。

・・・とハルに語りかけながら、自分を振り返って思う。

ナオは「オトナみたい」に話すし、理解力も思考力も相当のものだとは思うけれど、まだまだ3歳半なんだから、もっともっと「さりげない手引き」が必要なんだろうな、と。もちろんハルに対してもそうだ。ハルだって8歳半のコドモなのに、私の要求は高すぎるのではないか、と(「語る」ことによって色んなことに「気づく」。そして語りによって導かれ、開かれるハルと私の「内なる想い」にいつも驚かされる。。)。

そういう私の想いも含めて、しばらく語り合った後(途中からナオも参加)、にこやかに穏やかに眠りにつくハルの寝顔を眺めながら、慌てず、急がずにいかなきゃな、と自戒。

・・・共育。子どもと共に育つ私。よく反省して、良く変わろう。

2013年1月20日 (日)

お誕生日会♪

土曜日に「お誕生日会」を開いてもらいました!豪勢で真心のこもった飾り付けと、絶え間ない笑い声(たまに泣き声)に彩られた素敵な時間と空間は、夢のようでしたー!011913




 


素晴らしい「としおんな=12×3!!」の1年を予感させるワクワクをどうもありがとう。今日、みんなで鑑賞した「ラプンツェル」みたいに、広い広い世界に、戸惑い、葛藤しながらも、夢と希望と笑顔と愛嬌を忘れずに、勇気をもって飛び出していきたいなぁと思いました。

また遊んでね♪

2013年1月19日 (土)

進路相談

木曜日の嬉しかったこと。「進路相談」をうけていた学生(前週の授業後、教壇で1時間の立ち話。哀しい非常勤。。。彼女はボロボロ泣いていたけれど、泣ける気持ちもわかるので、あまり気にせず、彼女の「誤解」をたしなめ、良いところを褒め、今、すべきこと、考えるべき点とそのやり方について助言、、、したものの、あれでよかったのかな、あの言い方はきつかったかな、と一週間、折に触れて気が重かった。。。)に、

授業後、何げなく声をかけたら(なんて声をかけようか、迷いに迷って、彼女の席の近くを通り過ぎるついでみたいに「○○さん!元気?」と軽めに言ってみた)、

「あー!せんせー!まってー」と駆けてきてくれて、教室の外で(さぶい)しばらく立ち話。目に見えて「スッキリした表情と雰囲気」に、「抜け出した感」満載。外観は言葉よりもずっと雄弁。「先生が教えてくれたようにやってみたら、わかったんです」と彼女の考えを嬉々...として説明してくれた。

そして、「自分は流されやすい性格で、これがいい、あれが悪いと言われると、そうかなーそうかなーと思ってどんどん迷ってしまうんだけど、先生の先週のアドバイスといつも授業で言われていることのおかげで、自分で「考える」ってどういうことかがわかりました」と。

ふたりで目をウルウルさせながら、握手(あまりに嬉しかったので、思わず手を握って「あなたが、考えたんだよ。あなたが、私の言ったことを『実行にうつした』こと、一歩ふみだして、自分で「悩んでる自分」から抜け出そうとしたから、『わかった』んだよ!」と伝えた)。

さらに、「あのとき、泣いていたのは、ホントは、感動してたんです。先生が、一生懸命に自分のことを考えてくれるって思ったし、こうやって考えたら色んなことがクリアになるかもとおもったらワクワクしてきたし、先生、ホントにスゴイ!って思ったし、、、とにかく、めっちゃ感動して泣いてたんです!」と。

・・・なんと嬉しいこと。今度はこちらが感動して泣けるではないか。

私の「言葉」と「一生懸命さ」をきっかけにして、誰かが喜んで動き、何かが変わってさらに喜びが増したとすれば、、、、これはすごいことで嬉しいことではあるけれど、、、とても怖ろしいことだなぁと思う。

しかし、、、ひとの進路はよく見えて、それぞれの悩みに対するアドバイスも的確だと我ながら思うのだけど、自分の航路は、、、、と思うと笑えてくる。航路はぶれてないけれど、嵐が多いだけ、、、なのかな。

2013年1月18日 (金)

学校からの電話。

昨日の午前11時、小学校の養護教諭から家に電話。「はるたろうくんが床ですごろくをしていたときに・・・」云々と状況説明をされた後(熱発か大怪我かとドッキリしたけど、その口調と説明の長さから「軽いケガ」なんだろうと予測。迎えに来いって言わないでね、1時から2コマ、授業やらせてね、と思いつつ、その説明があまりに「周辺状況(後ろ向きに走ってきた友達がハルの上に倒れてきて、ハルが床に額を打ち付けたということを延々と)」ばかりで本人の状態に触れないので、話を遮り「で、結局、今、本人はどうなんですか?」と聞くと、

「あ、今は元気です。本人に聞いたら『2,30秒ほど泣いた』と言ってます。そして、たんこぶが出来ています」「切れてない?」「たんこぶです」「大きさは?」「5センチくらい」「じゃぁ、何が問題で?」「いや、、、頭のことなので、病院に連れて行ってもよろしいかと思いまして」「大丈夫だと思いますけど、私...がその場にいて見ているわけではないので、先生の判断でお願いします」「かかりつけ医は○○病院とありますが、学校は▽病院にいつもお世話になっているので、▽病院でいいですか?」「どこでもいいです。私は一緒にいないのでわかりませんから、先生にお任せしますので、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」。。。という趣旨の長い長いやりとりがあって、

あー、些末なことまで、いちいち保護者に了承を得なくてはいけないのか。メンドクサい。教員と保護者の関係はそんなもんだということだなぁ。。。専門家は専門家として判断して「これがベストの選択ですからこうします!」っと言うのが筋だろう。だいたい、不要不急の情報を伝え過ぎで、肝心な部分が抜けてるし、2-3回、学習会を開きなさいよ、教頭先生、講師ボランティアくらい何度でもするがな!もうちょっと学校を「良く」したいなぁ。。。と嘆息していると、、、10分後、再度電話が。「受診後の連絡」にしては早すぎるだろ。

「▽病院の先生に電話で状況を話すと、大きい病院に行った方がいいと言うので、日赤に行こうと思うのですが、それでもよろしいですか」「はい、お世話をかけますが、よろしくお願いします」。。。えっと、まかせるって言ったよね、どこでもいいって言ったよね、という言葉を飲み込んで電話を切る。(ハルが心配じゃないわけじゃないけど、「後ろ向き」に走ってきた子が座っていたハルの上に倒れて、何も置いていなかった平面の木の床で額を打ったってことだから、、、そんなさ、大仰なことになるとも考えにくいからね。。。)

・・・夕方、でこにほんのり赤いたんこぶをつくったハル曰く、「日赤にいっても『成長に影響がある』っていってCTとかレントゲンとか撮ったわけじゃないんだよ!デカいとこ行った意味わかんないし!でもさ、タクシーで行ったんだけど、そのタクシーの空気がさ、プラズマクラスター搭載のタクシーでさ、めっちゃいい空気で、美味しくて、吸いまくったよ!腹ペコだったんだよねー。もう、あれは最高だった!先生に、気持ち悪いかって聞かれたから『ちょっと気持ち悪い』って応えたけどさ、ボク、お腹すき過ぎで気持ち悪いほどだったんだよねー。あははー」と。なんと暢気な。

・・・キミが「気持ち悪いかと聞かれれば、ちょっと気持ち悪い」なんていうもんだから、大騒ぎになったのか。

そして、理由は空腹。。。。。恥ずかしい。

2013年1月17日 (木)

1月17日という日。

阪神淡路大震災から18年。当時、高3の私はあの日、日直。学級日誌を書いたが、自分が早朝の地震(名古屋は震度3くらいだったかな)に気づかずに寝ていたことと、朝のニュースでは全くといっていいほどに「現場からの情報がなかった」ことで、事の重大さを想像することもできず、、、

「大きい地震があったみたいだけど、寝てて気づかんかった。そうやって私が知らない間に日本が沈んじゃうんだろう」というような、不謹慎極まりない、世を舐めたような、穿ったコメントを書いた

家に帰ると、凄惨な現場の様子が報道され始めていた。日に日に「死傷者の数」が明らかにされ、被災した人々の痛みを垣間見るたびに、自責の念を増していったこと(今も、ずっと、後悔している)、強く思い出す。

言葉は発した瞬間から、もう、取り戻せない。

あれ以来、私はわからないことを(つまり「なんでも」ってことだけど)、わからないときに、わかったよう...なふうに大きく語るのは慎もうと決めた。私は、出来る限り「私を主語にして」考え、「責任のもてる言葉」を発しようと決めた。そして、自分がなんの気なく発した言葉も(むしろその他意のなさがよけいに、無邪気に誰かの心を踏みにじるのかもしれない)、誰かの心の傷を深くえぐる可能性があること(その可能性は気を付けても、気を付けても、ゼロにはならない)を絶対に忘れまいと思った

自分が、自分の言葉で誰かを傷つける可能性に常に敏感になって(誰が何に傷つくのかなんて、わからないんだから)、なるべく傷つけないようにしながら、でも万が一、傷つけちゃったときには誠実に、心の底から、、、(やっぱり「言葉」で)、、、謝って、償って、赦してもらって、反省して、、、優しくなりたい(「優」は人が憂う姿。誰かの心に寄り添って、一緒に憂うのが優しい人なんだと思う)と、思った。

1月17日は、そういう日。

あれから17年、あのときより私は、少しは「優しい人」になれただろうか。大きな震災や事故、事件という、悲しい出来事によってじゃなくて、もっともっと日常で、否、幸せな時間の中で、自分を真摯に顧みることはできないものかな。。。そうか、今年はそれをやってみようか。

ナオ(3歳7か月)の描画。

先週のこと、保育園の色んなクラスの色んな先生から「なおちゃん、すっごい絵が上手!家でもよくお絵かきするの?」と言われて、そーかなー、そんなに口ぐちに言うほどかなーとその作品をみるとめっちゃくちゃに可愛い「タータン(ノンタンの妹)」が油性マジックで。

担任曰く「みんなが他の遊びにうつっても、独りで集中して、最後まで黙々と描き続けてました」。
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・・・おお、没頭遺伝子!ハルも私もそういうタイプ。

家ではあまり油性マジックを持たせないので、とっても嬉しかったんだろうなーと反省したので、意を決して8色マッキーを手渡してみたら、、、


ウチでも「タータン」を描いてくれた。(タータンを2回描いてたけど、他のものは「ふつう」の上下関係で描くのに、タータンだけは2回とも逆さまから描いてた。不思議)

家宝が増えた!

2013年1月11日 (金)

後、おおいによし。

学童のお向かいにある神社(「学童っ子」たちがお世話になっている貴重な遊び場)に「昨年もありがとう。今年もよろしく」のご挨拶をかねて参詣。そんで、、、十数年ぶりにおみくじを引いてみた。

「このみくじにあたる人は、物事十分なるかたちなり、十分なればかならずかくることあり、よろづつつしみてひかえめにすればますますよろし」「あらそいごと勝つともあいてをいたわるべし」「待人来るすこしおそし」等々、心に染みることが書いてあった。010313




圧巻は「子に縁ふかし、苦労することあれど後おおいによし」。

・・・おみくじで泣いた。

2013年1月10日 (木)

アポロ、なお。

アポロみたいな彩りの人。食べちゃいたい。011113



ちなみに、このアポロ、「きのこの山」のビスケット部分だけを全部、私にくれる。




・・・チョコだけ食べたいなら、「ダース」にしとけ。

2013年1月 8日 (火)

年始の授業で-苦難とは、使命とは、生きる意味とはなにか。

年頭の授業(@仏教系の大学)は、昨年と同様に、水野源三とレーナ・マリアのビデオを使って講義をした。

今日のテーマは「苦難は乗り越えるためにある。試練は乗り越えられる人に、乗り越えるだけのものが与えられる。苦難や試練の意味を考え、喜びに変えることができたとき(=なんで自分が、どうしてこんなことが、と嘆いて、悔いてばかりいるのではなく、感謝と共に腹を据えて向き合えるようになったとき)、それを乗り越えられる方法がシンプルな形で示されるのではないか。そしてそのときにはじめて自分の人生の意味(=自分の使命)が、ほんの少しずつかもしれないけれど、わかり始めるのではないか」ということ。

昨年の記事(リンク参照)を敢えて読まずに授業を組み立てたけれど、今、これを読み返して、今日の講義を比べると、昨年と今年とではほんの少し力点が違っていた自分に気づく。

・・・丁寧に話をしてきたつもりだけれど、学生たちに少しは「何か」を伝えることができただろうか。感想を読むのが楽しみだ。

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