« ハル、1年生の修了式。 | トップページ | 「みんなの会」、大盛況でした!の感謝報告。 »

2012年3月28日 (水)

スペシャルな文集。

昨日、「おもいでのぶんしゅう」のスペシャルバージョンが届いた。

ハルのクラスで作った「おもいでのぶんしゅう」に抜けたページがあったから、と担任が新たな文集を作成し、郵送してくれたのだ(きちんと製本されて、なかに2枚の写真が糊付けされていて、、、本当に頭が下がる)。「初版」のそれに数か所の変更が加えられて「スペシャル」なものになっていたが、そのなかに「修了式のこと」と「先生の1ばんのおもい出」があった。

その「1ばんのおもい出」は、ハルが修了式にクラスメイトと先生に伝えたあの「メッセージ」のアンサーソングのようで、私は、とにかく、、泣きに泣いた。

《○先生の1ばんのおもい出》

先生が学校に3じかん目からきたとき、

みんなが「先生きた!」とえがおでむかえてくれたことが

すごくうれしかったです。

かえりのかいで、花まるさんをはっぴょうするとき

「花まるさんはみんなです。おこってばかりの先生なのに、

きたときにえがおでむかえてくれたことがすごくうれしかったからです。」

と先生がいうと、みんなは

「あたりまえじゃん。」

と、いってくれました。先生がきたのがうれしい、そしてそれは

あたりまえだよっていうみんなのきもちがほんとうにうれしかったです。

みんなありがとう!


・・・先生、いろいろ、そりゃぁ、いろいろあるだろうけど(私みたいな厄介な親だっているわけだしっ!)、先生やってて、よかったね!こんな感動を味わえるなんて、教師冥利に尽きるね!!とつくづく思い、どんなに嬉しいことだろう、と勝手に想像して嬉し泣きした(泣いたり笑ったり、いそがしい性格だ、私。。)。

家のことも学校のことも子どものことも子どもたちのことも、一度にはできないことがわかってるのに、一度に次々と脳裏をよぎって、どれもが気になって「あ゛~」ってなってしまうときを、乗り越えて、凹んで、乗り越えて、奮い立たせて、、、を繰り返して、積み重ねてこられたんだろうなぁ、と思うと、ただただ感謝と感動で心がぎゅっと痛くなり、身動きができなくなる。

この先生の言動の中核には「子どもを想う気持ち=こういう人に育ってほしいという教育理念」がしっかりと位置付いているから、もし先生が上にあるように「おこってばかり」だとしても、子どもが「先生の顔色をみて、おこられないようにしよう」とする(→先生が見てなければ何をしてもよい)のではなく、子どもが「きちんと自身の内面を見て、おこられないようにしよう」と改める(→「おこられるようなこと」はしない)ことができたんだろうな。

だから「おこってばかりの先生」をみんなは2時間、自分たちだけで、緊張しながら、でも先生を想って、待っていたんだよ。

ハルは「先生がおこるときは、パルたちが悪いときだから、ありがたいことなんだ」と言っていた(でも「悪いとわかっていても(始業チャイム後のおしゃべりとか)、したくなっちゃうときがある。やめられないときもある」そうで。。。苦笑)。子どもはちゃんとわかってる。ちゃんと感じている。

・・・小学校の1年目に、この先生に担任してもらえて本当に恵まれたなぁと思う。

ただ気がかりなのは、、、若いうちは頑張れるけれど、歳をとるとなかなか「頑張り」がきかなくなるということ。これからは、もっと適当に、もっと手を抜けるとこは抜いて(!)、、、今年度のように、子どもとともに、ステキなクラスを作っていってほしいと切に願う。次の担任に、「同じであること」はもちろん望まないけれど、同じような「子どもを想う気持ち」を持っていてほしい、、、けれど、、、そうではなく、それこそ「教員をやっているのはカネを稼ぐことが目的だ」と豪語する教員もいるらしいので(しかも子どもの前で)、、、ま、それはそれで、楽しみ、、だと思おう。

とにかく、1年生で「大好き」な先生に巡り会えたおかげで、次からどんなタイプの教員に出会っても、なんというか、心の「避難場所」ができたので、絶望はしない。

ステキな出会いに感謝。

« ハル、1年生の修了式。 | トップページ | 「みんなの会」、大盛況でした!の感謝報告。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1520016/44662661

この記事へのトラックバック一覧です: スペシャルな文集。:

« ハル、1年生の修了式。 | トップページ | 「みんなの会」、大盛況でした!の感謝報告。 »