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2012年3月 5日 (月)

喜怒哀楽の土曜日。

土曜午前は保育園の父母会の役員会(新旧引継)。

懇談会を早く終えて、ナオの「おやつタイム見学」に行きたいばっかりに、役員決めでささっと挙手をし、来年度「書記」になってしまったので、、、やむなく出席。

話し合いの中で、、、保育園の恒例行事「なつまつり(金曜の5時半スタート)」の駐輪場の整理係(←父親の役目らしい)として人手不足なのでシルバーさんでも頼めないか、そしてこういう役員会の最中も子どもが騒がしく横で遊びまわるのでシッターさんを雇えないか、という意見が出た。・・・唖然。

あまりにも腹が立ったので、「だいたい、金曜の5時過ぎに父親を動員しようというのが間違いだし、そういうのを『カネで解決しよう』という発想がどうなのか。気持ちはわかるけど、祖父母に声かけるとか、もうちょっと自前で頑張ろうよ。シッターってのも、、、そんなの、おかしいよ!」と言ってしまった。。(これでも極力、抑えた発言だ。子どもを育てる親としてどうか、親のそんな態度が『何でもカネで解決する/できる』という拝金主義を子どもに植え付けるんだぞ、という言葉を飲み込んだんだから。自分たちで出来る範囲のこ...とをするのが筋ではないか。人手が集められないなら、駐輪場をつくらないで「歩いてこい」と言えばいい。ナオがウチから歩いたら40分くらいかかりそうで嫌だけども)。

来年度は、「父母会」との闘い、かもしれない。

私は「子どものためになること」なら何でもする。誰に嫌われたっていい。

「子どものためにならないこと」があるとしたら、教育学的に検討して、なんとかしたい、と思う。なんとかなるかな、なんとかならないかな、、、やってみないと、なんとかなるのかどうかもわからないから、、、役員になって良かったと思う。

・・・保育園、公立も私立も、、、一長一短だ。

私は、やれる範囲でやれることを一生懸命にやりたい。

さて、土曜午後は親戚(私の母の従弟、54歳)の葬儀。老親が息子を見送ることは、本当にいたたまれない。それはそれは、悲しい悲しい式だった。

けれども、笑いの回路と悲しみの回路は別のようで(目や耳に何も入ってこないほどに悲しければ、笑えないんだろうけれど)、ものすごく泣けるのに、ふと気を許すと「笑ってはいけない」せいで余計に笑えてきて本当に困る。

今、思い出してもどうしても笑えるのは僧侶が読経の最後あたりに「あ~っあ、あ~っあ、あっ、みっ、だぁ!(阿弥陀)」と連呼したこと。

・・・「かっとばせー、お、か、だ!」くらいのノリ。甲子園で「あみだ(阿弥陀)」を応援している、的な。

「道士様」(浄土真宗式だったけど)と呼ばれる僧のきらびやかな格好(背中に甲羅みたいなものを背負っている)にも目が点になったし。親族も相当な歳で、ボケたことをするので(わざわざハンドバッグから敬老手帳を出してトイレに行くと言ったり)、、、嫌になっちゃうし、途中、ウチの母親は泣き女くらいに「おぉぉぉっ」と慟哭するし。

私の遺影には「笑っていいよ。っていうか、色々あると思うから、遠慮なく笑ってね。悲しいのと面白いのは別物だし!」っていう吹き出しをつけておこうと決めた。

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