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2012年2月16日 (木)

道徳の授業で。

これも、1月の話。

ハルの話(道徳の授業で)。02082

担任が「子ども全員が共通に持っているもので、両親からもらったものがあります、それは何だと思いますか?」という質問をした際、○○ちゃんは「いのち」と答えて正解だったけれど、ハルはそれに加えて「思いやり、もある」と言ったら、、「うーん。。それは違う。世界には子どもを売るような親もいるんだよ、全ての子どもが親から『思いやり』をもらっているわけではない」と言われたらしい。。。
(ハルは「先生を説得しようと頑張ったけれど、無理だった」と。)

授業の流れを詳しく聴くと、「世界には貧困や飢餓に苦しむ国/地域があり、児童労働や児童虐待が当然のように行われている場所があるが、キミたちは、比較的恵まれた環境にいるので、自分の人生/時間を大事に使おう」的な話の一環で「親からもらったいのち、みんな同じいのち」のことを言いたかったんだろうと思う。
...
だから、ハルの答え(=思いやり)は担任の「授業計画」からしてみれば「想定外」だし、思い描いていた「結論」に結びつくものではなかったかもしれないけれど、、、「違う」と否定できるような「間違い」ではないはずだ。

私は、ハルに言った(担任が「違う」といった意図も含めて、いろいろと説明した上で)。

「ママはハル君の答えは間違っていないと思う。世界には、というか、日本にだって、親から暴力を受けたり、無視されたり、、、一見すると『思いやり』をもらっていないような状況があるということは、悲しい事実としてある。親自身の生育環境や今の経済的・精神的状態があまりに過酷で、仕方なくそうしているんだ、、という解釈もできるけれど、、どんな理由があっても、子どもを苦しめてはいけない。でもね、だからといって親から『思いやり』をもらっていないように見える子どもたちが『思いやり』を持っていないとは思えない。だって、どんな親でも、どんなに酷いことをされていても、子どもは親を慕い、親のために働き、親のために殴られて、、、自分が悪い子だからいけないんだと自分を責めて、、、つまりね、親を『思いやって』いるんだよ。産まれてからは、、わからないけれど、、少なくともママのお腹にいる9か月の間、大事にそのいのちが育まれてこの世に誕生したんだから、そのときに『思いやりの種』が蒔かれて、子どもたち全員の心に小さな芽が息づいていることは確かだと思う」。

ハルは泣きながら私の話を聴いていた。大好きな親から酷いことをされている子どもたちのこと、それでも子どもは親のことが大好きだということ、を考えて泣いていた。

そして「ハルにできることってなんだろう。酷いことをしちゃうオトナも酷いことをされている子どもも、どちらも助けることができないの?」と言った(国際的な援助の方法ついて、また国内問題についても色々と語ることに。。。)。

・・・先生、それでもハルの答えは「間違い」ですか?

「いのち」という「正答」から導かれなくても、丁寧に考えていけば、どんな道筋でも、想定した「結論」に到達する(結論が真理ならば、ね)だろうし、、だいたい「結論ありき」じゃなくて、、、さ、、道徳なんだからさ、、、「違います」は、ないんじゃないかと思うけど。

きっと、、「1年生らしさ」が足りなかったね、「思いやり」という答えには。

(この「1年生らしさ」について、ここに書いたっけ。。。12月にハルが書いた作文は、、、「1年生らしくない」ほどによくかけていたので、「指導が入ったと思われる」おそれがあるから、全校生徒の前で発表する「代表」に選ぶことはできないんです、と言われたのでした。。。先生がハルをいわれなき批難から「守ろう」としれくれたことはよくわかるんだけれど、、ハルが頑張って書いたのに、、、なんともわりきれない気分で、、、ねぇ。)

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